ぐうたら人間のヒトリゴト~心・身・写・音・暮~

一人暮らしの日々、仕事のこと、世の中のことを日記・記録・メモ・独り言としてとりあえず綴る場所・・・

顔面神経麻痺になって思ったこと(1)

約10年前、わたしは、顔面神経麻痺になりました。

完治しましたが、いまだにあくびをするときなんかは、顔がひきつっている感覚があります。



以下、過去の記録をそのまま貼り付け****


1月1日。
出勤。忙しく働く。

1月3日。
出勤前に初詣。おみくじ「大吉」。
なのに晩に自転車がパンク。

1月4日。
晩、歯が激痛で眠れない。

1月5日。
再び、晩、歯痛。

1月7日。
舌に違和感。数日前からの歯痛のせいか?と。

1月8日。
朝から目に違和感。仕事中も笑うと変な感覚。口が開きにくく、お昼ご飯もうまく食べられない。時間が経つにつれ、変な感覚が増す。歯痛のせいで、顔が腫れたのか?と。
帰宅して、鏡を見ると、右半分がおかしい(あまり動いていない)ことに気付く。

1月9日。
歯医者に予約を取ろうと数件に電話をする。なんとか翌日診てもらえるところを発見。
ブクブクうがいが出来なくなる。食事も口がいうことをきかない。

1月10日。
朝一に歯医者。顔のことを聞いてみるが、取り合ってもらえず。
仕事まで時間があったので、藁にもすがる思いで近所のお医者さんに駆け込む。待合室の患者さんの多さに時間が気になり、「仕事があるのでやっぱり良いです」と帰ろうとしたが、あまりの私の顔のおかしさに引き止められ、すぐに診てもらう。
いろんな検査を受ける。

『顔面神経麻痺』と診断される。

歯痛とは何の関係もない。とのこと。
簡単にいうと、バイク事故後の北野武みたいな病気だ。とのこと。(彼は外傷性)

「仕事仕事って顔がどうなっても良いの?」「この病気は発症から10日間ぐらいが勝負なのだから、仕事なんかしてる場合じゃない」「休まないとどうなっても知らないよ」「ひたすら安静にしていなさい」などと先生にいっぱい叱られる。

でも、病気の説明のあとに、「焦らず、気長に病気と付き合っていきましょうね」「一緒に頑張りましょうね」と。

先生の話を聞いてる間は、「なんかドラマの世界みたいやな」と冷静で、どこか人ごとみたいに感じていたのだが、診察室を出てた途端、急に恐ろしさがやってきた。
相変わらず待合室にはたくさんの人が居て、ざわざわしているのだが、
自分の周りだけ音がなくなってしまったような、自分だけ違う世界にいるようなそんな感覚に陥った。

これからの人生どうなるんだろう
わたし、なんか悪いことしたんかな
こんなんでごめんな
賑やかな待合室で孤独感、絶望感に襲われていた。

帰宅後、病気について自分でいろいろ勉強。
弟にも相談。
弟は楽観的で「薬(ステロイド剤)は出来るだけ飲まんほうが良いんでない?」「飲まんくてもそのうち治る」と。
でも私は最悪の事態は避けたかったから、出来る限りのことはしたくて、苦手な薬もキチンと飲んだ。
と同時に「そんなたいしたことない病気なんや」と少しだけ気が楽になった。




1月10日。
味覚が変。味がしない。
瞬きの力がない=コンタクト(ハード)が外せない
水を張った洗面器に顔をつけるが外れない。

1月11日。
コンタクト外し器、購入。

1月12日。
麻痺が進行している。目を閉じる力が低下。
出来るだけ進行を抑えるために薬の量を増やされる。注射も打たれる。

1月13日。
自分で顔を撮影。目が閉じていない。白目が見えている。顔を洗うのも不便。
会話も「バ行」「パ行」「マ行」がうまく発音できない。

1月15日。
発症から一週間経過。
進行期はおそらく終了。

この時期、どんな顔であったか言葉ではうまく表現できない。
左半分は正常・右半分は無表情。
じっとしていたら、そうでもないが、表情を崩すと酷かった。
笑うと、右側全部が左の力にひっぱられて、歪む。
外出時は常に大きなマスクとマフラーで顔を覆っていた。
あの当時の顔を知っているのは、お医者さんと家族ぐらい。


つづく。


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