ぐうたら人間のヒトリゴト~心・身・写・音・暮~

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子どもたちにとって、今、一番大事なことって、何なのか。

わたしは、もう学校関係者じゃないです。
だから、無責任なことをあえて書いてしまいます。


学校が休校に入り、もうすぐ2ヶ月が経とうとしています。

2ヶ月だからというわけではなく、結構早い段階から「授業はどうなるのか」とか「学力保障」とかの話をちらほらみかけています。
「早く再開してくれないと格差がどう」とか。

なんか、ものすごくもやもやします。


何が正解か、わかりませんけど。
子どもがいないわたしなので、わかりませんけど。
もう大人になっているわたしなので、わかりませんけど。

いや、もう大人なので、あえて言いますけど、勉強なんて、大人になってからでもできます。
その気になれば、いつからだってできます。

勉強より命の方が大事です。
と、わたしは思います。

長い(か、どうか、わかりませんが)人生、ちょっとの間くらい勉強しなくても死にはしません。

もちろん、頭が柔軟な子どものときしかできない(吸収できない)こともあるかもしれません。

でも、命以上に大事なものはない、です。
死んでしまったら、勉強なんてできませんから。


そんなん言えるのは、わたしに子どもがいないからでしょうか。

いや、子どもがいたら、より思うと思います。
「子どもが元気でいることが一番大事」って。


今ももし、わたしが学校で働いていたとしても、学習の心配はあまりしない担任でいたと思います。

それより、「どんな風に過ごしてるかな」「楽しく過ごせてるかな」「ごはん、食べてるかな」「不安になってないかな」ということに重きを置いていただろうと思います。

「勉強、どうしよう。」となっている人がいたら、「大丈夫。学校が始まったらいっしょにがんばろう。今は健康第一で過ごしましょう。余裕があれば、家事とか、今しかできないことをやろう。」と。


2月末に休校要請が出たときだって、そうです。

「残っている学習はどうなるの?」「成績はどうするの?」という声が大人の中で出ましたけど、ものすごく、もやもやしました。
もちろん、それも大事なんですけど、でも「まず、それなん?」と。

急に最終日を迎えることになった子どもたちの気持ちの混乱というか、そのフォローや、急な最終日をどう過ごすか、の方が、わたしは大事だと思いました。


もちろん、学校は学習するところなので、きっと、わたしの考えが間違っているのでしょう。

学習は、大事ですもんね。
子どもたちにとっての「今」は「今」しかないですもんね。

でも、なあ。


オンライン授業の話もそうです。

仮に機器を整えて(配布して)取り組んだとしても、全て解決するわけではないですからね。

その時間に、授業を受けられる体制に入ることが難しい子も出てくると思います。
生活リズムが整いにくい家庭環境の子もいますから。
勉強スペースがなく、ドタバタしながら暮らしている子もいるでしょうし。

「意味がないから、するな」と言っているわけでなく。
どんな方法でも格差は出てくるよ、ということが言いたいだけです。


なので、今は「焦らず、待とう。」「勉強は、学校が始まったらぼちぼちやっていこう。」くらいのスタンスでいけば良いのにと思うこの頃です。

ついでにいうと、日本全体がそういうゆったりペースになってほしいです。大人も子どもも。

まぁ、こんな方針のわたしだから、「学校」というところと合わなくて辞めてしまったのでしょうけど。



※頭の中がまとまっていない状態で書いたので、ちょこちょこ書き直すかもしれません。