ぐうたら人間のヒトリゴト~心・身・食・読・音~

一人暮らしの日々、仕事のこと、世の中のことを日記・記録・メモ・独り言としてとりあえず綴る場所・・・

久々にコロナの話。

とうとう緊急事態宣言がどうとか言われるようになってきてしまいました。

ほれ、見たことか、と思ったり、
みんなでがんばってきたのになと思ったり、です。
色々な取り組みが中途半端だったので、こうなるのは仕方ないことなのかなとも思います。


GO TO
こんなときに、とても今さらな話題で申し訳ないのですけど、一時期「GO TO トラベル」とか「GO TO イート」とかそういうのが話題になっていましたね。
あれもなんか、よくわかりませんでした。

最初から乗っかる気が全然なかったので、詳細を知らないのですが、
「人々よ、日本中を移動をしまくれよ」
「人々よ、飲食店に行きたまえ」
というやつだったのですよね。

かと思えば、
「飲食店は時短で」
「県をまたぐ移動は自粛で」
と言われるし。

人との接触、飲食が感染の大きな原因やというのは結構前から言われていたのに、なぜ、それに関するキャンペーンをするのかな?と不思議でした。
旅行関係、飲食関係を助けるなら、もっと他の方法があるやろうに、と。

「GOTOが悪いのではない。気をつけてGOTOをしたら良い。」というのもニュースで見かけましたが、いくら「気をつけて」と言われても、人って、飲み食いしたり、旅行先だったりすると、とても気が緩むのです。
よっぽどピリピリした雰囲気で行かないと気が緩むのです。


というわけで「GOTOおひとりさまキャンペーン」とかはないのでしょうか。
もうやっているのでしょうか。

一人だったら、会話はないですし、気は大きくなりませんので、きっとむちゃはしないと思います。
一人で黙々と美味しくいただく、一人でしみじみと旅をする。
そういうのを応援してもらえると、良いのにと思いました。


時短営業
時短営業もよくわかりません。
いや、ちょっとはわかるのですけど、「夜がダメだから、朝に営業します」みたいなところもありますからね。

飲食店の何がダメって、何で時短にするかって、飲食中にマスクを外しておしゃべりしてしまうのがダメなのですよね。
時間帯の問題じゃなく。
夜の方が気は緩みやすいのかもしれませんけど。

ということで、これも、一人でまったりと飲み食いするのは良いのかなと思いました。
なので、「時短」じゃなく、「○時以降はおひとりさま客のみ入店可能」とかにしたらいいのになと思います。



どちらにしても、一人客相手だったら、そんなに利益はないでしょうから、ここに挙げたのは良い案ではないかもしれませんが、なんか、そんな風に色々な可能性を考えてみたらいいのになと思うわけです。
この一年、その場の思い付きで国が「行け」って言ったり「行くな」って言ったりしてきたような気がして仕方ありません。
いや、そんなことはなく、えらい人たちが一生懸命考えられたことなのですけど。

とにかく、わたしは、この1年、飲みには行っていません。
旅行にも行っていません。
これからもおとなしく過ごします。


おわり。

物と思い出と値段。

何度か書いていますが、少し前から「メルカリ」を始めました。

始めたばかりのときは、取引回数が3桁の人を見ると、「100を超えるって、すごいな」「プロやな」と思っていましたが、気づけば、わたしも50を超えていました。
最近は「100を超えるのは、案外すぐなのかもしれんな」と思っています。

ということで、始めてから3ヶ月くらいが経ちますが、おかげさまでちびちびと少しずつ売れています。


そんな今日この頃なのですが、ちょっと最近、よくわからなくなることがあります。
売りたいのか、売りたくないのか、が自分でもよくわからないときがあるのです。

どういうことかというと、「あまり売れてほしくないなぁ」と思って、高めに値段を設定してしまうことがあるのです。
そうです、「高く売りたいから高く設定する」ではなく、「あまり売れてほしくないから高く設定する」ことが時々あるのです。
もう、よくわかりません。


出品しているのは、もちろん不用品です。
売るために出品しているのです。
なのに、あまり売れてほしくないだなんて矛盾しているなぁと自分でも思います。

自分でも不思議ですが、いくら不用品であっても、例え、ここ何年も使わずにしまい込んでしまっていた物だったとしても、いざとなると、惜しくなるみたいです。
それを購入したときのこととか、その品の良さなど思ってしまって。

「これがほしくていろんなお店を探し回ったよなぁ」とか
「これ、好きやったなぁ」とか
「これ着て、みんなで出掛けたよなぁ」とか

なので、売る気マンマンで掘り出してきて写真を撮って出品しても、「ちょっと待てよ。すぐに売れたらイヤやな。ちょっと猶予がほしいな」と思って、高めの値段にしてしまっています。
数日経てば、気持ちも薄れてきて値下げできることが多いのですけど。


他の人はどうなのでしょう。

少なくともわたしの場合は、物そのものの価値・値段ではなく、そこに思い出もプラスされた状態で値段設定をしているのだなと思います。
もうちょっと割り切って考えられると、さくさくと売れるのかもしれませんが、わたしの性格上、それは無理でしょう。

逆にいうと、思い入れがないものは、とても安いと思います。
なので、見ている人からしたら、値段設定はおかしいかもしれせん。

そんなこんなで、これからも、葛藤しながら、物と思い出に値段をつけていくのだろうと思います。
ぼちぼちがんばりながら、室内をすっきりさせたいです。

おわり。

保育士試験、お疲れさまです。

この週末、不思議なことが起きました。
急にアクセス数が激増したのです。
何の記事も書いていないのに。

恐ろしくなりながらも、しばらく様子を見ていて、わかりました。
この週末は「保育士試験」が実施されていたのです。
ちなみに、閲覧数が伸びていたのは、保育士試験関係の記事でした。

そうとわかってから、なんとなく、自分でも記事を読み返しました。
保育士試験関係のものを。


今から思うと、当時のわたしは、なかなかがんばっています。
仕事をしながら、試験に向けての勉強。
しかも、多忙な4月と10月が試験。

本当によくがんばったなと思います。
今、何もがんばっていないので、余計にそう思います。


*****


さて。
今回、受けられた方。
感想はそれぞれだと思いますが、なにはともあれ「お疲れさまでした」です。
特に今は、こんなコロナの中、勉強だけでなく、感染対策までして受けに行くのですから大変なことだったと思います。

そして、自己採点をして、もう結果がなんとなくわかっておられる方もいると思います。
「次も受けようかな」とか、「もう受けても無駄なのかな」とか…。

受けるタイミングによって、難易度が変わるので(本当はこれはおかしなことなのだと思うのですが…)、今回が駄目だったとしても次回は良い結果になるかもしれません。
「全科目ぼろぼろだった…」とかなら、今後もちょっと厳しいかもしれませんが、いくつかの科目だけなら、きっと近いうちに良い結果が出ると思います。(いや、知りませんけど)

「無責任なことを言わないでよ。勉強をする時間がないのだから、絶対に受からないよ…」とか、家事・子育て・介護などをしながら受けておられる方もいるかもしれません。
でも、わたしも仕事をしながら、ぎりぎり合格をすることができました。
「#教師のバトン」でおなじみの仕事です。試験がある4月に寝る間もないくらいの超多忙期を迎える仕事です。
まぁ、それでも、もっとしんどい状況で受けている方もいるのですよね、きっと。

ちなみに、一昨年、合格したときに思ったのは、「自分に合った勉強方法を学生時代に身につけていたから、こんな短期間の勉強だけでクリアできたのだろう」ということです。
やみくもに・無駄に時間を使って勉強をしたのではなく、直前の短時間で自分なりの勉強をしました。たぶん、それが良かったのだと思っています。
色々なテキストや勉強方法がありますが、吸収しやすい方法ですすめれると良いのだろうなと思います。
ama-shinon.hatenablog.com


*****


さて、一応、合格した試験ですが、試験直前に詰め込んだだけなので、今は内容をほとんど覚えていません。
もし、今、問題用紙を見たとしても、解けないだろうと思います。

そして、あんなにがんばって取った資格なのだから、1回くらいは使う仕事に就こうかなと思ったり思わなかったりしている今です。


おわり。

学校は好きだけど、学校は嫌い。

学校の仕事を辞めて、1年が経ちました。

わたしが辞めた理由はいろいろです。
たくさんありすぎて、ちょっと忘れつつあるくらいです。

覚えている中の一つに「学校は好きだけど、学校は嫌い」というのがあります。
うまく言えませんが、「子どもたちがいるという意味では魅力的な場所だけど、職場として、そして、子どもたちの場所としてはいまいちだ」という感じです。


1・職場として
わたしの社会人スタートが私立の教育施設だったからそう感じるだけなのだと思いますが、学校は、余計なことがとても多いと思ってしまいました。
無駄に長い会議とか。
細かい組織とか。
もっとスリムに、もっとコンパクトにできるのではないか??と思うことがしばしばでした。

資料を読み上げる時間の方が長い会議なんて、何のための時間なのか?と、時間がもったいなくて仕方ありませんでした。
また、その会議中、熱心な表情で座って聞いている先生たちのことも、わたしは不思議で仕方ありませんでした。
「先生たちって、真面目な方ばかりなのだなぁ。すごいなぁ。」と、いつも思っていました。

来年度に向けての会議も、虚しさしか感じませんでした。
最初のころは、わたしも熱心に参加していましたが、会議で出た改善点や来年度への申し送りが、きちんと翌年に活かされない(引き継がれない)と知ってしまってからは、来年度に向けての会議も、ただただ無駄な時間にしか思えませんでした。

必要があるから会議をしているというより、会議という枠があるから会議をしているという感じに思えました。


2・子どもたちにとって
「多様性」とか「個性を大事に」などと言われますが、まだまだ「みんなと同じ」ということを求められるのが学校です。
ザ・昭和です。
いや、ザ・明治??
とにかく、なかなか窮屈です。

なにかにつけて、「揃っているのが美しい」という感覚を植えつけられるのです。
すなわち、揃えられない人はダメだということです。

「みんなちがってみんないい」と言われながら、「一糸乱れないのが美しい」みたいな指導を受けるのですから、とても矛盾しています。

ちなみに、「周りに惑わされず自分で判断しなさい」と言われますが、そのようにしたら「周りを見て考えなさい」と叱られます。
矛盾だらけで大混乱です。



そんなこんなで、今、書いたことだけが理由ではないですが、わたしは辞めてしまいました。
それでも、最初に書いたように「子どもがいる場所」なので、とても魅力的な場所だなとは思っています。

まぁでも、あれ以上いたら、ストレスでどうにかなってしまっていたと思うので、一旦、辞めてよかったとは思っています。

「KinKi Kids=奄美」になってしまった。

何度か書いているかもしれませんが、わたしは飛行機が苦手です。

なので、数年前に飛行機に乗ったときは、KinKi Kidsの曲を聞いて、ごまかすことにしました。
当時、やけにKinKi Kidsの曲を聞くことが多かったので、その普段感を醸し出すことで、「飛行機に乗ってる感」を消すことにしたのです。
ama-shinon.hatenablog.com



そして、先日の飛行機。
ama-shinon.hatenablog.com

最初は、全然違う曲を聞いていました。
ですが、揺れが始まってしまったので、数年前を思い出し、KinKi Kidsの曲に変更することにしました。

ガタガタと大きな音が鳴り始めてからは、声に出して歌うこともしていました。
たぶん、歌っても周りには聞こえないだろうと思ったので。
おかげで、飛行機の揺れも、あまり気にせず、音楽に乗って過ごすことができました。


そんなわけで、とうとう、タブレットに入っているKinKi Kidsの曲を聞くと、「奄美気分」がよみがえるようになってしまいました。
曲が流れると、夏の空や海がよみがえってきます。


これに限らず、「曲を聞くと記憶がよみがえる」というのが、わたしはよくあります。

今、CMで、ある曲が流れてきました。
数年前の運動会と、そのときの子どもたちを思い出しました。
とても懐かしいです。

「南の国から ’ 21」後編 ~感想いろいろ覚え書き~

前編・中編
ama-shinon.hatenablog.com
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のつづき。
これが最後です。
思いつくままに感想を書き連ねます。
しつこいですが、今回の奄美はお遊びではなく、身内の葬儀で行きました。



●マスク

今回は、コロナのことがあってから初めての奄美でした。

当然ですが、奄美でも、みなさんマスク生活を送っておられました。
飛行機の客室乗務員さんは、マスク+ビニール手袋。

前にも書きましたが、わたしの中では、「奄美は夏に行くところ」だったので、これまで奄美ではマスク姿の人を見たことはなかった気がします。
なので、とても変な感じがしました。

コロナは全国、全世界に影響を及ぼしているとわかってはいましたが、こうやって今まで見たことがなかった場所でもマスクをしている人を見ると、「えらいことが起きているのだな」と改めて感じますし、やっぱりマスクin奄美は違和感です。

これからも、ずっと、こんな生活が続くのでしょうか。
インフルエンザもそうですが、ワクチンがあっても、この世からインフルエンザがなくなるわけではないですからね。


●とても走った

今回は、なぜか、毎日走っていました。

前編にも書きましたが、まず、新大阪駅で走りました。
大きな荷物を持って。

その翌日は、町の中から港まで走りました。
急ぐように言われたので、車に負けないよう走りました。
汗だくになりました。

その晩も走りました。
宿からスーパーまでの往復を。
急いでお酒の買い出しに行ってきてほしいと頼まれたので。
約束の時間に間に合わせるため、必死で走りました。

その翌日は、朝っぱらから走りました。
お土産を買いに行くために。

という感じで、なにかと走っていた3日間でした。
滋賀に帰ってきてからは、筋肉痛がつらかったです。

まぁでも、前回行ったときは、バセドウ病絶好調で体がしんどかったですので、今回は、そうやって走ることができるくらい順調に回復しているのだろうと、解釈しました。
あと、40代で老化が激しいと思っていたこの頃ですが、親戚の集まりの中では、40代はまだまだ若い方なのだと感じた次第です。


●無職での気分

これまでは、向こうに行くと、仕事の疲れが癒されるというか、仕事のことを一瞬忘れて晴れやかな気持ちになるような感じがありました。開放感のような。

が、今回は、無職です。
どんな気分になるのだろう?と思いましたが、特に何もありませんでした。
元々無職で開放されているから特に開放感がないのか、それともコロナだから開放感がないのか…。
それとも、つい1年半前に来たばかりだから新鮮さがないだけなのか…。

それでも、「旅感」はありましたし、波の音には癒されました。

あと、これまでは、仕事を休んで行っていましたが、今回はそれをしなくても良かったので、気持ちがとても楽でした。
万が一、しばらく帰れなくなっても、何の心配もないですし。


●客室乗務員さん

今回、飛行機がものすごく揺れたことで、飛行機に関する仕事は、命がけだし、人の命を守る仕事でもあるのだと、改めて感じました。

なので、客室乗務員さんは、なぜ、その職業を選ばれたのだろう?と興味がわきました。
ただ単に「飛行機が好き」「旅行が好き」だけでは、務まらないと思います。

パイロットさんは、「操縦をする」という楽しさがあるのかもしれませんが、客室乗務員さんはどういうことに魅力を感じておられるのでしょう。
あんなに揺れる飛行機に、仕事で乗っているのですから、すごいです。


●お土産など
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マスクin奄美は違和感だと書きましたが、そんな奄美でマスクを買いました。
大島紬マスクです。
もったいなくて、まだ使っていません。

あと、大島紬ストラップも買ったのですが、帰宅したら、それと色違いのストラップをもうすでに持っていることに気づきました。
もったいなくて使っていませんでしたが、そういえば数年前に母がお土産として買ってきてくれたのでした。

そういえば今回、少し時間が空いたときに、一人でぶらぶらとしながら浜でシーグラスを拾っていたのですが、ふと遠くを見ると、母も同じことをしていました。
趣味や性格は全然違うのですが、わたしも年を取ってきたのでしょうか。
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もっと探したかったのですが、大量の変な虫がまとわりついてきたので早々に退散しました。


おわり。

「南の国から ’ 21」中編 ~大雨&初夏~

前編の続きです。
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前編は長くなってしまったので、中編は簡単に書き連ねます。
こんな時期に行くなんて不謹慎みたいで、すみません。
 お遊びではなく、身内の葬儀で行きました。


奄美に到着して最初の感想は「暑っ」でした。
伊丹で飛行機に乗るときは肌寒かったのに、こんなに違うのだなと思いました。
飛行機を降りたとたん、暑さで「むっ」としました。
ザ・奄美っていう感じがしました。

あと、人がとても多かったです。
いつもは、そんなにいない気がするのですけど。

天気は、もちろん雨。
大雨。
前日に週間天気予報を見たら、「もう梅雨入りしたん?」と思うほど、毎日、雨マークがついていたので、覚悟はしていましたが。


***


二日目だけ、奇跡的に晴れでした。
なんなら、夏の日差しでした。
半袖で過ごせました。

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ようやく奄美って感じがしました。

宿では、冷房をつけて過ごしました。
もう初夏です。


***


帰りの空港は、人だらけでした。
座るベンチがないくらいの人だらけでした。

そういえば、前日に、飛行機のチケットを買いに行ったときに、ことごとく「満席です…」と言われました。
この時期は、進学・就職などによる移動が多いそうです。
そりゃそうかと思いました。

空港にもこんな表示がありました。
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たくさんの人がお見送りに来ていました。
とても賑やかでした。
島から出るって、大きなことですから。

ちなみに、天候は大雨です。
おかげで、出発が遅れました。



後編につづく。
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「南の国から ’ 21」前編 ~奄美到着までの難関色々~

すみません。
昨夜、「北の国から‘87」をみたので、タイトルも引っ張られてしまいました。
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さて、先日、奄美に行ってきました。

奄美に行ったのは、何年ぶりでしょう。
前回、行ったのは、2019年ですから、1年半ぶりくらい?
ama-shinon.hatenablog.com


これまで何度か行ったことがある奄美ですが、行くのはたいてい夏でした。
今回のような時期に行くのは、物心ついてからは初めてだったかもしれません。

そんな奄美行きを覚え書きメモを兼ねて書き連ねます。
こんな時期なので、一応、書いておきますが、
 今回の奄美は、お遊びではなく、身内の葬儀で行きました。


・・慌てて衣替え
出発の前日、向こうの天気予報を調べました。
すると、気温がまぁまぁ高いということがわかりました。
滋賀の最高気温が、向こうの最低気温」みたいな感じでした。
慌てて、衣替え第1弾をしました。

そんなこんなで、準備に手間取り、中途半端なまま、夜中にようやく仮眠を取りました。
一応、寝ましたが、飛行機や新幹線など、乗り物に乗り遅れる夢ばかり見ました。
夢の中で、何度も寝坊していました。

起きたら、汗だくでした。
おかげで寝坊することなく、(わたしのわりには)超早起きができました。

ばたばたと準備の続きをして、急いで出発をしました。
電車には間に合いました。
これに乗り遅れたら、間に合わないところだったので、第1難関突破です。


電車に乗る前に撮影しました。
滋賀の朝は寒かったです。
雨の予報でしたが、ぎりぎり耐えてくれて、助かりました。


・・朝っぱらから走る
新大阪から空港までは、バスを使う予定にしていました。
前回は調べる余裕がなく、時間もぎりぎりだったのでタクシーを使いましたが、今回は、前日のうちに下調べをしていたのです。
乗り遅れないよう、改札からバス乗り場までの行き方もしっかり調べました。

ただ、電車到着から、バス出発までは、あまり時間がありません。
バスに乗り遅れた場合、次のバスは20分後。それでは、飛行機に乗れないかもしれません。

なので、電車を降りたあとは、走りました。
大きな荷物をかついで、朝っぱらから、駅構内を走りました。
誰も走っていないけど、走りました。

おかげで、バスには間に合いました。
第2難関突破です。
これで、もう奄美には着いたようなもんです。


・・揺れる
滋賀では、ぎりぎり耐えていた雨ですが、大阪・兵庫に着くと、降っていました。
「雨の中の飛行機か…」と思いました。

雨の日に飛行機に乗ると、「雲の上は晴れてるのにな」という話題をしがちです。
「そりゃ、雲の上が晴れてるのは当たり前やん」と、わたしは返すのですが、本当に「当たり前」で合っていますか?
「まれに雲の上も雨は起こりうる」なんてことはないですよね?
わかりませんが、当然ながら、雲の上は明るかったです。
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さて、わたしは、元々、飛行機は得意ではないのですが、今回で、さらに苦手さが増しました。
なぜなら、めちゃめちゃ揺れたからです。

飛行機が安定するまではとても揺れることは知っていますし、
雲の中を通るときもガタガタ揺れることも知っています。

ですが、今回は、今までになく、揺れました。
よくわからないタイミングで、結構長い間揺れました。
上下左右に。

あまりにも揺れるので、機内はおしゃべりがやみました。
わたしは、歌を熱唱しつづけました。

ちなみに、帰りも、乗る前から「大きな揺れが予想される」と何度もアナウンスされていましたが、乗ってみると、行きよりはマシでした。
行きのあの揺れは、もうこりごりです。

朝から、はらはらしっぱなしだなと思いました。


・・トイレが近い
はらはらついでに、余談ですが、わたしは日によって、トイレが近い日とそうでない日があります。
タイミング悪く、この日は「トイレが近い日」でした。

空港に着いてすぐ大急ぎで行きましたし、
飛行機の中でも離陸後、ベルトサインが消えたら、すぐに行きました。
そして、飛行機から降りる前も行きました。

今回は、天候のこともありますが、空の上が混んでいたらしく、飛行機の到着が結構遅れました。
着陸体制に入る前にベルトサインがついてから、着陸完了まで、とてつもなく長かったので、トイレを我慢するのが大変でした。
わたしより、トイレが近い人や子どもは大変だろうなと思いました。

これまた余談ですが、伊丹空港のトイレは快適でした。

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荷物置きがしっかりしていて助かりました。
鍵も2こあるのですね。


中編につづく。
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「北の国から ’87」

昨夜、「北の国から」が放送されていました。
田中邦衛さんが亡くなったからです。

ドラマの前半は、何かをしながらの「ながら見」になってしまいましたが、後半はわりとしっかり見ました。

元々は見る予定はなくて、なんとなく見始めただけでした。
なので、最初は「みんな、若いなぁ」なんて感じでみていました。
ですが、気づけば見入ってしまっていました。
面白かったです。

有名なドラマですが、こうやって見たのは、たぶん、初めてです。
部分的には見たことがあったかもしれませんが。

どちらにしても、見て良かったです。
このシリーズの他の作品も見たくなりました。
シリーズの最初から全部、再放送してくれたらいいのにと思いました。

田中邦衛さんが亡くならなかったら、こうやって放送されることはなかったのかなと思いました。
もったいないことです。

魚の骨が喉に刺さって大変な目に遭ったよ。

少し前の話になりますが、魚の骨が喉に刺さりました。

たかが魚の骨、されど魚の骨。
とても大変なことになったので、忘れないよう書き留めておきます。


刺さる

ある日の晩、魚を食べていたら、骨が喉に刺さりました。

口の中に含んでいるときから、骨の存在には気づいていたのですが、普段から多少の骨なら食べてしまうので、このときも「骨があるな」と思いつつも、そのままにしていました。
そうこうしているうちに、口の中で、どこかに紛れてしまったので、取り出すことはせずに、そのまま食べ続けてしまいました。

すると、飲み込んだときに、のどに何かが引っ掛かる感触がしました。
本当に「引っ掛かる感触」だったので、もう一度、ごくんとすれば、食道に入っていくかなという程度に感じました。
そのときは、魚の皮かうろこが引っ掛かったのかな?というくらいの認識でした。

が、ごくんとしても、喉を通りすぎる気配はありません。
それどころか、チクッとした痛みを感じました。

「あ、骨が刺さった」と思いました。

何度か、ごくんとしてみました。
すぐに取れると思いきや、取れる気配はなく、痛みが増すばかりです。

「どうしよう」と思いました。


自力で取るために格闘

昔ながらの「ごはんの丸飲み」がダメなことは知っていましたが、だったら、どういう方法が良いかはわかりません。
なので、調べました。

すると、「思いっきりうがいをしたら取れることもある」とか、「足のつぼを押す」とか、色々出てきました。
本当かどうかわかりませんが、やってみるしかありません。

足のつぼを押してみました。
何の変化もありませんでした。

次に、藁にもすがる思いで、うがいをしまくりました。

左奥に刺さっている感触はあったので、左奥に水が入るようにしながら、何度も勢い良くうがいをしました。
叫んだり歌ったりしながら、かなり勢い良くうがいをしました。
が、骨は取れませんでした。

一晩、寝たら取れていることがある、という説も書いてあったので、それに掛けることにしました。
一晩寝ても取れていなかったら病院に行こうと思いながら。


眠れない

不思議なもので、喉を動かさずに、じっとしていると、痛みはありません。
ですが、ごくんとしてしまうと、喉の奥に激痛が走ります。
しかも、その痛みは、繰り返すうちに、喉だけではなく、耳の下や頭まで広がってくるのです。

あと、ごくんとしても、痛みを感じにくい角度というものを見つけました。
左奥に刺さっていたのですが、首を左に軽く傾けると、ごくんとしても運が良ければ痛みを感じないのです。

そんな状況で眠りについたのですが、当然、熟睡はできません。
痛みがない奇跡的な角度を保ったまま寝ることは難しく、何度も痛みで目が覚めました。

角度によっては、ごくんとしなくても痛みがあるときもありました。

痛みがつらすぎて「もうどうにでもしてくれ」みたいな感じでした。


耳鼻科で初・鼻カメラ

翌朝、もちろん、骨は刺さったままです。

朝一番に近所の耳鼻科に行きましたが、もうすでに待ち人がたくさんいました。
骨が刺さったまま、待ち合い室で30分ほど待ちました。

ようやく順番が回ってきて、まずは口から喉の奥を診てもらいました。
よくあるのは、そこからでも見えるところに刺さっているパターンだそうでした。

が、わたしの場合は、それでは見えないようでした。
わたしは反射が強いため、おえっとして大変でした。

すると、「鼻からいこか」と言われました。
そんな流れで、あっさりと「初・鼻カメラ」を体験する羽目になりました。
鼻カメラが喉に触れた瞬間は、おえっとなりましたが、まぁまぁ耐えられました。

「あれ?ないね?」と、あちこち見てもらった結果、まぁまぁ奥の方に刺さっていることがわかりました。
図を使って、奥の手前の隙間みたいなところだと教えてもらいました。
撮った写真も見せてもらいましたが、骨がぐっさりと刺さってるのが見えました。

「ここまで奥となると、うちでは無理ですね。もっと太いカメラが必要だから。」と言われました。
「もっと太いカメラ」という言葉に、少し不安を感じましたが、取ってもらいたい気持ちの方が勝っていましたので、大きな病院に紹介状を書いてもらうことにしました。


大きい病院へ向かう

自転車で大きい病院へ向かいました。
喉に骨が刺さったまま。

「誰も、わたしの喉に骨が刺さってるとは思わんやろな」
「今、めっちゃ痛いのに、必死に自転車こいでるねんけどな」
などと思いながら、がんばって病院に向かいました。

大きな病院は、何かと待ち時間が多いです。
この苦しみから解放されるのは何時くらいになるのだろう?と思いました。


病院で長い時間をかけて受付を済ませると、耳鼻咽喉科ではなく、なんだったか忘れましたが、「頭部」みたいな科に行くように案内されました。
ちょっと大きなことになりそうな気がしてこわかったです。

最初の耳鼻科の先生が紹介状に「救急」と書いてくださっていたので、診察の科にいくと、わりとすぐに呼んでもらえました。

ちなみに、総合受付でも診療科の受付でも「喉につまった緊急の方」という表現をされました。
さすがに「魚の骨」とは言わないよう配慮されているのだなと思いました。


鼻カメラ三昧

診察室に入ると、軽く質問をされたあと、鼻カメラを通されました。
耳鼻科と同じ細いタイプの。

左奥に刺さっているのはわかっているのに、両方の鼻から通されました。
「なんで、右からも通すのだよ~痛いよ~」と思いました。
どうやら骨の場所と、どちらの鼻から入れば骨が取りやすいかを確認するためのようでした。

耳鼻科でも言われましたが、
「“あぁ~”って言って」と言われました。
普段は見えにくくて、「あぁ~」と言ったときに、見えるような位置に刺さっているのかなぁと思いました。

で、耳鼻科の先生の予想通り
「太いカメラを入れて取ります。」と言われました。
「なので、鼻の奥と喉の奥に麻酔をします。」とも言われました。


麻酔三昧

まず、麻酔液を染み込ませたゴム布みたいなものを鼻の奥の奥に入れられました。
入れて鼻の奥に塗ったら終わりかと思えば、そのまましばらく入れっぱなしだそうです。

液が鼻水みたいに垂れてくるし、喉をつたって、口の中は苦いし…で大変でした。


その状態で、喉の麻酔もします。
吸入式で、5分間思いっきり吸い続けるやつです。

最初は吸うたびにむせて咳き込んでしまいましたが、そのうち、咳き込まなくなりました。
きっと、麻酔で喉が麻痺してきたのでしょう。

こんな空気みたいな麻酔、大丈夫なんやろか?
肺に入って、呼吸がしにくくならんのやろか?
喉の動きが鈍って窒息したらどうしよう?
わたしは麻酔が効きやすいタイプかもしれんから、あまり吸わん方が良いんやろか?
などなど、不安しかなかったです。

どうやら、わたしは反射が強いから、喉の奥にもしっかり麻酔を効かせるとのことでした。
反射がたいしたことなかったら、こんな思いはしなくても良いのでしょうか。

とにかく、鼻からも口からもいろんなものが垂れてくる中、がんばりました。
5分後、麻酔が効くまで少しだけ待ち合い室で待ちましたが、心身ともに疲れて、ぐったりしていました。


太カメラ登場

待ち合い室でぐったりしていると、少ししたら、呼ばれました。
いよいよ「鼻カメラ・太バージョン」です。

わたしが座っている椅子に太鼻カメラの機械が近づいてきました。
見た目だけでこわさが倍増です。

と同時に、魚の骨で、こんな機械が出動するなんて、たいそうだなと申し訳なくもなりました。

いよいよ、太鼻カメラがわたしの横にきました。
これで、骨の苦しみから解放されるはずです。

これに限らず、わたしは病院では「目を閉じたい派」なのですが、ここの先生は、目を開けるよう何度もおっしゃいました。
その方が体の力が抜けて、痛みもマシだから、と。

だから、開けていましたけど、開けていると、鼻の奥にどんどんカメラを入れていく様子が見えるので、それがとても嫌でした。

そうこうしているうちに、目的地にたどり着いたようで、また「あぁ~」と言わされました。
結構、長い間言わされました。
その後、助手の方と息を合わせて何かしたあと、するするすると取り出してくださいました。

「取れましたよ。結構、大きい骨でしたよ。」とのこと。
見てみると、まぁまぁの大きさでした。
1.5~2㎝くらい??

「もう痛くないですか?ごくんとしてみてください。」と言われて、ごくんとしたら、痛くありませんでした。
麻酔が効いているから痛くないだけかも…と思いつつも、「良かったです。ありがとうございます。」と晴れやかにお礼を言って、出てきました。

診察室を出ると、11時を過ぎていました。

長い闘いでした。


その後、会計をして帰るのですが、その費用がなかなかのお値段でした。
「そりゃ、太鼻カメラを使って、3人がかりで取っていただいたのだから仕方ないな」とは思っています。
明細を見ると、手術扱いになっていたので。

本当に、たかが魚の骨、されど魚の骨です。